妙法蓮華如来寿量品偈 (如来壽量品第十六)
「法華経(ほっけきょう)」について
「法華経」は省略した呼び方です。正式には「妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)」といい28のお経(それぞれ「第○品(ぽん)と数えます)から成り立っています。釈尊は29歳~35歳まで苦行をされ、35歳でお悟りを開き爾来、80歳で入滅されるまで沢山のお経を説かれましたが、法華経を説かれる直前に無量義経で次のように宣言されました。
「悟りをひらいた仏陀(如来)として仏眼で世の中ををみると一言では言うことはできない。それは、人々の性質・欲望はそれぞれ異なるからである。性質・欲望が異なるのでそれらに応じて沢山の方法で教えを説き、導いてきた。それゆえ四十余年いまだ真実を説いていない。」
お釈迦様の説かれた膨大なお経で、「法華経」以外のお経は「随他意」のお経といって、相手に合わせて説かれたお経で、「法華経」だけは「随自意」のお経として説かれたと言われています。すなわち、釈尊のお悟りそのものを相手に合わせるのではなく、釈尊の御心のままに説かれたのです。
さらに法華経においては
「世尊は法久しくして後、かならずまさに真実を説くべし。」「正直に方便をすてて、ただ無上道を説く。」「わが説くところの諸経、しかもこの経において法華最も第一なり。」等等
すなわち、「法華経」は「釈尊の悟り」そのものであるのです。そこには最高の真理が説かれているといわれます。
妙法蓮華如来寿量品偈 (如来壽量品第十六)
妙法蓮華如来寿量品偈(「じーがーとくぶーらい」と始まるから「じがげ」等と言われることもありますがお経様に失礼だと思います。)すなわち、如来壽量品第十六に、釈尊の壽命は始まりも無い久遠の昔より未来永劫まで無量であり、今も常に滅せず我々衆生を仏道に入らしめ、仏に成らしめんと大慈大悲で教え導いてくださっているということが説かれています。
そのことを心から一念でも信じるとその功徳ははかることができないともあります。悟りを開くために永い間にわたり布施などの修行を積んだ功徳も、釈尊の寿命が無量であることを聞いて一念も信ずる功徳に比べるなら、百千万億分の一にも及ばずとあります。
法華経は、本来言葉では言い表せない悟りとはいかなるものであるかを巧みな譬え話を用いながら壮大なスケールで説き明かします。その中でも上記の妙法蓮華経如来寿量品第十六が法華経の最大のテーマの部分になります。
いままで人間として生まれられたお釈迦様が悟りを開かれて仏になったと思っていたのが、実は久遠実成の釈迦牟尼佛であったといわれるのです。つまりもともと永遠の仏であるといわれたのです。そして、我々も釈尊と同じ仏性(仏としての本性)をもっており、衆生も本来悟っている仏であるといわれます。一般的にいうと、釈尊も我々も大いなるもの、宇宙のもともとの実在の絶対者(慈悲の当体である神的な存在)と本来同じということです。
「法華経薬草喩品」
「法華経薬草喩品」には「一味の雨を以って人華を潤し各々実を成ずることを得せしむ」
と説かれていますが、天から雨が降ればどんな木でも草でも潤うように、お釈迦様のお悟りである法華経から一切の仏法は出たのです。木や草にも大きい木とか小さい草とかがあって、たくさん雨をうけたり、少ししか受けなかったりするのは、それは草木の方についていうことであり、仏様の雨の方に於いては平等にして一切差別なく与えれたものであります。このように釈尊の教えは法華経によって統一されています。それはあたかも、すべての川が大海に流れ込んでいるようなものです。そうした眼で原始仏典やその他の大乗仏典を読むときには、すべてが一つの悟りに導かれるためのものであったことが悟られるはずです。
法華経と道元禅師
法華経については道元禅師も大切なお経として大事にされ、自らが遷化される事になる庵を「妙法蓮華経庵」と名付けられました。 ご著書の「正法眼蔵」は法華経の解説書とも言われるほど法華経を大切にされておられます。 臨済宗中興の白隠禅師も法華経によって大悟されました。
また、良寛様もいつも無一物の庵でも法華経は常に読まれて法華経に関する詩を多数遺されています。有名な行基菩薩も中国から鑑真和尚が来日されたときに、船までお出迎えされ、「霊山の釈迦のみもとに誓いてし真如つきせじあいみつるかな」と歌われています。この意味は、あなた様とわたくしは昔釈尊ご在世の時に、霊山会上において法華経のご説法を一緒に聴聞し、未来永劫お互いに仏法のために働きましょうと誓いあいましたが、その因縁が尽きないで今日ここにお会いできて、まことに嬉しいとのことです。非常に感動的なエピソードです。